近年の一極集中的ブームの影響などで、見つけづらくなった一流の人や物などを掘り起こしていきます。 もちろんリンクフリーです!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
◆◇◆一流と凡人の分かれ目◆◇◆
遊撃手を中心に、三塁手、二塁手、今年に入っては初の一塁手にも入るなど、今でこそオールラウンドの内野手で知られる川相選手ですが、高校の時は投手で、しかも甲子園にも出場し、勝利したこともあるほどの実力の持ち主でした。

しかし、1982年のドラフトで巨人に4位指名され、入団した川相選手は、体格も小さく、さらに肩を故障した事があったことなどから、チームの方針として、投手としてではなく内野手として処遇されることとなりました。

彼が並の選手であれば、今までほとんどしたことのない内野の守備をしていくうちに、周りにいる、高校野球やプロの世界で内野手をしている人と自分を比べて、己を見失ってしまうこともあったでしょう。

さらに、当時の巨人軍の内野陣は、原、篠塚、中畑、河埜と錚々たるメンバーによって固定されていた頃。

一見すると、自分の努力ではどうしようもないように見える大きな壁が目の前に立ちはだかっている。

そんな不遇にかこつけて、文句を言って過ごす人は多くいるでしょうし、そうすれば、確かにその時は胸の支えも取れてすっきりするかもしれません。

しかし、川相選手はそこで、憂さを晴らすという方に流れることなく、いかにすれば現状を打破できるかということを考える方に、全精力を傾けました。

後の川相選手の活躍を見れば、まさにこの時が、一流になるかならないかの分水嶺の一つだったように思います。

ともかく、考えた末に出た結論は「周囲の人間と同じ事をしていては、体格にも劣る自分が叶うはずがない」ということでした。

こうして、周りが練習しない時間を有効に使うべきというように考えた川相選手は、全体の練習が終わった後や休みの日に、新しいポジションの予習復習を行い、頭と身体に動きを叩き込んでいったのです。

そして、その努力は意外と早い段階で報われることになったのです。
                                                          つづく


スポンサーサイト


ついでに人気blogランキングへ投票お願いします!

よろしければこちらのFC2ブログランキングにも投票を!
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック



↑このクリックが一流への分岐点?

  


よろしければ、またお越し下さい →


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。