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司馬遼太郎記念館にて思う
私が歴史小説の作家を目指していると言うことは以前にも触れましたが、その分野で大きな目標の一人である故司馬遼太郎さんの家と記念館に行ってきました。

場所は東大阪市、河内小阪という駅から歩いて15分弱の場所。昔ながらの商店街を抜けて、閑静な住宅街を進んでいくと、林が見え始め、安藤忠雄建築の斬新な記念館と、住み心地の良さそうな住居の前に到着しました。
入場券を買って中に入り、多くの種類の木々が植えられた庭を歩いていくと、司馬遼太郎さんが生前多くの書物をものした書斎に至りました。

syosai


奥の書棚に多くの資料や辞典の類が見えるのは当然としても、座り心地の良さそうな椅子や、採光が考えられた造りなど、一見するだけでも創作意欲が湧いてくるのが分かり、これくらいの作家になると、環境作りの面においても相当気を遣っているのだということがガラス越しではありましたが垣間見られました。

続いて歩いていくと、外から見えていた記念館に辿り着きます。

CIMG1341-2.jpg


外から見ると奇抜なこの建物も、中に入るとこのようになった理由がよくわかります。

それは、司馬さんが生前収集した書籍や資料、そして執筆した書物がまとめられた大書架が納められているためで、高さ11メートルの壁全てが本棚となっているのです。

自分の目に入る範囲にある書物だけでも、全部読もうと思ったら何年かかるのか分からないくらいの量があり、しかもこの大書架に納められているもの以外に自宅の方にもまだ蔵書があると言うことで、圧倒されるというよりも、正直に言って戦慄を覚えました。

これほどの資料の裏付けがあって、なおかつ独自の視点や歴史観によって作品が形作られる。

死後も本が売れ続け、さらに大河ドラマの原作として選ばれるのも当然の話のように思われたのです。

このままでは、打ちひしがれたまま帰ることになってしまいそうでしたが、展示室に飾られていた「21世紀に生きる君たちへ」を読んで、救われると言えば大げさですが、司馬さんには出来ず、自分には出来ることがあるということを見出せた思いがして、前向きな気持ちになることが出来ました。

もちろん、そのようなつもりであの文章を書かれたわけではないでしょうが、自分にとってはこの出会いが、今回この記念館を訪れた一番の収穫であったように思われます。

最後にビデオなどを見て、大きな窓から入る光にあふれた階段を上り、再び入り口に戻って、この記念館を後にしました。

それにしても、生前語っていたように、21世紀の声を聞くことなく72歳という年齢でこの世を去らなければならなかったことは痛恨事だったことでしょうが、好きなことを仕事にし、さらに人々に受け入れられたその生涯は、さぞかし幸せだったことでしょう。

自分もそのような作家になりたいものです。
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2005/11/28(月) 17:33:28 | 日本一変わった脳外科医~「高麗人参果実搾り・スクイーズ2200」誕生秘話



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