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◆◇◆選べない上司に自分を選ばせる◆◇◆
1992年の巨人は2位でしたが、Jリーグ開幕や若貴フィーバーなどの影響で、巨人軍の人気が低迷していると言われるようになっていました。

その煽りを受けるような形となって、川相選手を1軍のレギュラーの座に引き上げ、4年で2度の優勝を果たした藤田監督が退任を余儀なくされてしまったのです。


次の監督は、皆さんもご承知の通り長嶋茂雄。

この絶大なる人気を誇る監督の再登板によって、狙い通り巨人の人気は息を吹き返しました。

ただ、そんな周囲の喧騒を余所に、不安に思う選手もいました。

特に、前任者に気に入られていると周りからも思われていた川相選手にとっては、その心中は複雑なものがあったことでしょう。

この時の川相選手は既にチームに不可欠な人材となっていましたが、それでも試合に出す、出さないを決めるのは監督の考え次第なのですから。

そして、この時の長嶋監督が掲げた方針は「攻撃中心」。

守り勝つ野球の中で見出された川相選手にとって、悪条件は揃っていたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、監督が替わってもやはり2番ショートのポジションには川相選手がいました。

レギュラーとして試合に出場し続けた間に川相選手は、誰の目にも2番ショートには川相しかいないと思わせていたのです。

つづく

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